2001 7月2日 那須の渓O川、上流

この渓は遥かなる川と思っていた、距離的には近いのだが一種聖域
のような思いがあった。
一つには特異な立地条件がある、体力も気力も整えて望まねばなる
まい事。そしてこの下流にも中流にも良い釣り場があった為、頃合を
見計らう内に14年が経過していた。

林道終点の取水堰堤 提の上、増水中

その間にも中流から釣り上がり、堰堤に着いた頃にはヘトヘトだったり、
その立地条件から車が止まれずに引き返した事もあった。そんな事が
何度かあり、時には尺物の噂も飛んだりすれば遥かなる聖域はいつし
か桃源郷のよう・・・。
だが夢の桃源郷をそのままにはしておけまい、誰かは入っているのだ
から。

滝状の落ち込みも 二俣の少し手前

このところの上流詰めは実はこの地への準備だったのだ、気力体力
は万全である。久し振りのその渓流はこの時期とあってかなりの増
水で、前回の倍は流れているようだった。
しかし14年前の記憶は全く無い、思い出せないのが悲しいような新
鮮なような・・・。

写真にすると普通に映っているが豪快な落ち込みと淵が随所に折り
重なり、他にもデジカメでは表現しきれない景観が幾つもある。竿を
持っていなければ「とーっても良い景色」、釣りの日記でなければ「で
はさようなら」で終わりたいのだが。

魚の変わりの花も少ない

増水の為にどんどん走る渓流にポイントが見出せない、打っても浮か
べても沈めてもまるで無反応なり。
それより気がかりはどの淵もプールにもまるで魚影が無かった事、二
俣付近には大物が居るはずの深い淵も埋まっていた。にもかかわら
ず足跡はベタベタであり、焚き火の跡もここかしこと執念の燃えかすの
如く。

堰堤から同じ堰堤に戻るまで、生き物の気配すら感ずることの無い六
時間の渓流歩きであった。確かにS45年の釣り場集には「堰堤上流
は渓相良いが岩魚は少ない」とある、増水の為と我が腕の未熟さがた
めの「魚見ず」であれば良いのだが・・・果たして。
(結構真面目なレポになってしまった)

引き上げの途中に転んでデジカメが水中の亀、掲示板でそんな書き
込みしたばかり・・・したばっかりに?。
車のブロアーで乾かしたところ無事生還、今回の釣行は無い事にしよ
うかとさえ一時は覚悟したのだが。
じゃ明日は南会津へ、*全然めげてない〜。

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